「頭が良い人」、「成績が良い人」のことを、沖縄の方言(しまぐち)で「でぃきやー」と言います。「ただ学校の成績が良いだけの人」や、「ただ学歴が良いだけの人」のことを、半ば皮肉の様に「でぃきやー」と呼ぶこともありますが、ぶながやっ子ハウスが理想とする「でぃきやー」はそうではありません。ぶながやっ子ハウスでは、本当の意味の「でぃきやー」とはどんな子どもなのか、いつも考えています。そして、そんな本当の意味の「でぃきやー」をどうやって育てればいいのか、を探し続けています。そんな中で、近頃、yamaが気づいたこと、見つけたこと、などについていろいろお話ししてみたいと考える様になりました。「でぃきやープロジェクト」は、そんなyamaの独り言集です。
「学力」と言う言葉が何を指すのかは明確ではありませんが、わかりやすくするために、ここでは単純に学校での成績と言うことにしておきます。近頃、ようやく、「学力は机の上でする『勉強』や『学習』だけでは育たない」と言う考え方が広く受け入れられる様になってきました。
学力は机の上だけでは育たない
例えば、運動能力が充分に発達していないと、字を丁寧に書いたり上手に書いたりすることができない、と言うことが知られる様になってきました。子どもは成長するにつれて原始反射が消失していくことが知られていますが、この原始反射が残っていると、「学習」に様々な悪影響を及ぼす恐れがあるそうです。どんなに字を書く練習をさせても上手く字を書けなかった子どもに、積極的に運動をさせてみたところ、原始反射が減り字を上手に書ける様になった、などの事例なども出てきているそうです。運動能力の様に、一見しただけでは学力とは無関係に見える能力が、学力を支えている可能性が広く知られる様になってきた、と言えるでしょう。
急いては事をし損じる
人間の脳は、生まれてから5年ほどの間に飛躍的に発達します。生まれたばかりの新生児の脳は300~400g、2歳児で700g前後、5歳児で1300gほどになるそうです。成人でも1200~1500gほどですから、5年ほどの間に、脳はほぼ成長を終えてしまうのです。驚異的な成長速度です。この様に出生後も脳が大きく成長する動物は人間だけです。yamaは、この時期の脳の成長の様子が、その後の子どもたちの能力や特性に大きく関わっている、と考えています。
だからといって3~4歳の頃から、子どもたちに様々な「先取り学習」をさせる、いわゆる「早期教育」はお勧めしていません。と言うのは、まだまだ、子どもたちの脳が発達途中であるからです。
人間の脳は、ものを覚えたり考えたりするためだけのものではありません。脳は人間の身体の全てを制御しています。3~5歳頃の脳は身体を充分に上手く制御するために発達している段階です。この頃はいろいろな運動をさせて、子どもたちの脳に充分な刺激を与えてやるべきです。脳は様々な刺激を受けることでその機能を発達させるからです。何かのスポーツのような定型的な運動だけでなく、服を着たり脱いだり、靴を履いたり脱いだり、歩いたり止まったり、階段や坂道を登り降りしたり、砂利道や泥道を歩いたり、水の中で遊んだり、ご飯を食べるときにちゃんと左手も使ったり、、、etc。できるだけたくさん「身体を動かす」ことを経験させてやるべきです。読み書きや計算は、運動による刺激で脳を充分に成長発達させてからでも間に合います。
人間とコンピュータ
人間の脳は、よくコンピュータに例えられます。コンピュータはただの機械ですから、それだけでは何もできません。コンピュータの中枢はCPUと呼ばれる演算処理装置(超高機能の計算機のようなもの)です。このCPUが様々なプログラムに従って様々な周辺機器を制御することではじめて、コンピュータは様々な仕事をしてくれるのです。コンピュータはいわゆるソフトウェア、プログラムがなければ何の役にも立ちません。
コンピュータを動かすソフトウェアやプログラムの中でも最も重要なものがOS(基本ソフトウェア)です。しかしOSだけでは、文章を編集したり、動画を再生したりすることはできません。OSはコンピュータに接続されているキーボードやマウス、ディスプレイやプリンタなどを制御するためのソフトウェアです。さまざまなアプリケーション(いわゆるアプリ、ゲームやブラウザなど、直接、人間の役に立つソフトウェアのこと)は、人間の役に立つために、多くの周辺機器を制御しなければなりませんが、アプリケーションが直接、制御することはしません。アプリケーションは必ずOSを通して周辺機器を制御しています。人間がOSを直接、操作することはありませんが、アプリケーションはOSと言う基礎の上に立てられたビルの様なものです。OSが充分な機能と性能を持ち、しっかりしていないと、その上のアプリケーションはその実力を安定して発揮することはできません。代表的なOSには、UNIXやWindows、MacOS、iOS、Android、chromOSなどがあります。スマホのiPhoneとAndroidの違いでもわかる様に、OSが違えば、それぞれのコンピュータの性格や特徴は大きく変わってしまいます。
3~5歳頃までの間、人間は脳自身を大きく成長させながら、その機能を大きく発達させているのだろうと、yamaは考えています。コンピュータに例えれば、自分自身でCPUを成長させながら、OSをも進化させているようなものです。計算や読み書きなどは、まるでアプリケーションのようなものであると考えられます。例えアプリケーションがどんなに優れていても、OSが充分な機能や性能を持っていなければ、アプリケーションはその実力を発揮することはできません。それどころか、OSが脆弱ならば、小さく簡単なアプリケーションを動かすこともできないでしょう。だからこそ、3~5歳頃までは、「学習」を詰め込むよりも、その前に、日常生活の中で様々な刺激を与えるて脳を十分に成長・発達させるべきだ、とyamaは考えています。
フィードバック
子どもが成長・発達する段階で、同じ事を何度も繰り返して遊んでいることがあります。周りのおとなから見ると無駄に思えるかもしれませんが、この繰り返し遊びは、子どもたちの発達において非常に重要な意味があります。
子どもたちの繰り返し遊びは同じことばかりを繰り返している様に見えますが、よく見ていると、けしてそうではないことに気づくことがあります。同じ様に見えることが少しずつ変化していることがあるのです。始めは投げて遊んでいたボールを転がしてみたり、投げる方向を変えたり、、、etc。同じ繰り返し遊びだと思っていたことが、何日か経ってみると違う遊びに変化していたりすることもあります。
実は、子どもたちは繰り返し遊びをしながら、いろいろなことを確かめています。同じボールでも、投げたときと転がったときとでは、動きや音が違います。子どもたちはその違いを確かめているのです。最初は、違いがあることに気づくだけでしょう。しかしそのうちに、自分の行動によって音が変化することに気づきます。自分の行動と言う「原因」が、ボールの動きや音の変化と言う「結果」に結びついていることに気づく瞬間です。この「原因」と「結果」を結びつけて考えることは、人間や一部の高等な動物にしかできない高度な「知能」なのです。さらに、投げ方と言う「原因」を変化させると、「結果」も変化することを学びます。この様に、「原因」を様々に変化させると「結果」がどの様に変化するか、を確かめることをフィードバックと言います。このフィードバックこそが、子どもたちの脳の発達に大きく関わっている、とyamaは考えています。子どもたちは様々な刺激を受け取りながら、その刺激や刺激のもとに対して反応したり働きかけたりします。そんなフィードバックをするうちに、自我の確立、自他意識の発達、観察力の発達、自己効力感の芽生え、論理的思考の芽生え、向上心の芽生え、などが促されるに違いありません。子どもたちの脳を充分に発達させてやりたければ、多くの刺激を与えるだけでは足りません。充分にフィードバックさせてやる必要があります。
急がば回れ
おとなにとっては当たり前で普通のことでも、子どもたちにとってはそうではありません。子どもたちは日常生活の中でも様々なフィードバックを繰り返しています。子どもたちに様々な良い刺激を与え、良いフィードバックさせることを意識すれば、日常生活も疎かにできません。と言うよりもむしろ、日常生活こそ大切にするべきです。子どもたちにとっては、日常生活も体験なのです。子どもたちから体験を奪わないでやってください。何度失敗してもかまいません。どんなに時間がかかってもかまいません。子どもたちの気が済むまで、体験させてやってください。横から口を出したり手を出したりしないでやってください。子どもたちが「手伝って。」と言うまでは、笑って見守ってやってください。そうすることが、子どもたちの脳を充分に発達させます。子どもたちに学力をつけてやりたければ、ますはじっくり、子どもたちの脳を成長・発達させてやってください。学習させるのはその後でも充分間に合います。
子どもたちの脳の成長や発達を待たずに「学習」させても逆効果になることもあります。
一時期、英語の「早期教育」が注目されましたが、近頃は否定的な見解が増えています。3~5歳の頃から英語を教えると、日本語の能力が低下する、と言うのです。3~5歳頃は、子どもたちの言語能力が発達する時期でもあります。この時期、子どもたちは日本語の練習中です。
日本語と英語は単語が違うだけでなく、その構造や語順が全く異なっています。日本語では「話は最後まで聞け」と言う様に、大切なこと(主語と述語、肯定か否定か疑問かの区別など)は文(文章ではありません。)の最後に言いますが、英語では文の最初に、大切なことを言います。質問文の場合、英語では、文の最初の数語を聞くだけで、何を答えれば良いかわかりますが、日本語では最後まで聞いて文全体の意味を考えなければ、何を答えれば良いのかわかりません。他にも日本語では主語、述語、目的語の語順がいい加減ですが、英語では決まっています。その代わりに日本語では「て・に・を・は」と呼ばれる助詞が発達していますが、英語にはありません。全く性格の異なる言語を2つ同時に練習させれば、混乱が生じて当然です。英語を身につけさせる代わりに日本語能力の発達を阻害してしまったのでは、それこそ本末転倒でしょう。まずは日本語の能力をある程度以上身につけさせてから、英語を教えてやってよいのです。
非認知能力と情操教育
少し前に非認知能力と言う言葉が注目されました。自己肯定感や意欲(ヤル気)、向上心や自制心などが、非認知能力の代表的な例です。yamaは、これらの能力は人間の脳のOS的な部分が持つ能力であり、「潜在能力」と言い換えることもできる、と考えています。非認知能力に注目すれば、その子どもの「潜在能力」を知ることができ、逆に非認知能力を伸ばしてやることができれば、その子どもの「潜在能力」を伸ばしてやることができる、と考えているのです。
日常生活や様々な体験を通してその様な非認知能力を伸ばす教育のことを情操教育と言います。他の記事でも書きましたが、近頃、この情操教育は疎かにされる傾向にある様で、yamaはそれを大変、危惧しています。「発達障害のグレーゾーン」の子どもたちが近頃、急激に増えていることにも影響しているのではないか、とまでyamaは考えています。
教育は机の上だけで行うものではありません。とくに幼い子どもたちの場合は、日常生活が大切であることを意識して、日常生活の中で様々な体験をさせてあげることも、重要な教育であることを知っておいて頂きたいと思います。